不登校

子どもの不登校と前向きに向き合う方法

不登校と前向きに向き合う方法

子どもが不登校になると母親は悩みます。

シングルマザーで一人で子どもを育てている場合は自分で何とかしなきゃ、という思いからより深く悩んでしまうことになります。

離婚が原因で不登校になったのではないかと自分を責めたり、こんなことになるなら離婚せず自分が我慢していればよかった、と離婚を後悔することもあります。

 

我が家も不登校になりました。離婚もきっかけの一因だったかもしれません。

そのときはとても深く悩みました。本当は学校に毎日行って楽しく過ごしてほしい。毎日そう思っていました。

離婚を後悔しそうになったこともありますが、元々何年も家庭の状況には我慢していて悩んだ末の決断だったので、離婚そのものの後悔はありません。

むしろそこで思いとどまるくらいなら初めから離婚を決断したりはしません。

 

シングルマザーで子どもを育てているお母さん方は、やむを得ない事情で離婚を決断された方も多いでしょう。

離婚した後に不登校になってしまって悩んでいる方、事情は違えど不登校のお子さんを持ち、自分の気持ちの持ちようが分からなくなってしまったという方のために書きます。

私がどのように不登校と向き合い、解決してきたのか参考になればとても嬉しいです。

子どもの人生という大きな流れで考えた場合、結論から言いますと

shiromi
不登校でも大丈夫、心配しないでください。

 

 

不登校でも充実した生活なら問題なし

子どもが不登校になるとどうしても子どもの将来は大丈夫だろうか、と心配になることと思います。

その心配のもとを減らすにはどうしたらよいのでしょうか?私が実際にしてきたことをいくつかご紹介していきたいと思います。

学校に行くのはなんのため?

我が家は小学校に行かなくなりました。

小学校の不登校児は現在少なくとも三万人以上、公立中学校となると10万人以上はいるようです。

 

この数字が多いから安心、というわけではありません。しかも年々不登校の子どもたちは増えているとのこと。

原因は多種多様だと思いますが、学校に行きたくない、行けない子どもは全国に沢山いるのですね。

 

子どもが学校に行きたくないと親に伝える方法は色々あると思います。

あからさまに元気がなく塞ぎこんでしまう子や、全身で強く反発するように訴えかけてくる子、泣きながら行きたくないと懇願する子など、方法は様々だと思いますがどの子も学校の居心地の悪さや不安感を正直に訴えているだけと言えます。

学校はみんなが行くのだからうちの子も行くのが当たり前、という考えをまず捨ててみること

私は頑張ってその考えを捨てました。行きたくない子どもが無理に学校にいって頑張りすぎた結果心が壊れてしまったら誰が責任とるの?と考えてみましょう。

その考えを捨てるところから始めないと、前向きに暮らすことが出来ません。

 

子どもが不登校なんだ…ということにとらわれて暮らすのは親も子もとてもしんどいのです

当たり前に行っている子の中には我慢して行っている子もいるかもしれません。

でもその子にとってはその我慢がそれほど苦ではないのかもしれません。

行けない子は我慢が出来ないくらい行きたくないというだけで、本当にこれはもう個人差なのでしょう。

 

そこで学校というのは何のためにいくのか、をもう一度考えてみると

  • 勉強をするところ
  • 友達や先生と出会うところ
  • 集団生活を学ぶところ
  • ルールを学ぶところ

などが考えられると思います。

これらを100%家でなんとかしてあげようと気負うとそれは無理だし親はつらくなります。

しかし学校に行かなければそれらの学びが0%なのかというとそれも違います。

 

大きな捉え方で考えたときに、私たち人間は、学校に行くために生きているのではありません。

無難に生きられるようにするための学びの場として学校に行く機会が与えられているだけです。

 

近くに住んでいるものを同じ年齢で集めて集団生活をさせるというが学校です。

何でも無難に広く浅く、というのが現在の学校教育です。

そして一緒に集団生活をし学ぶメンバーは子どもの意思とは全く関係がありません。

 

自動的に決められた集団の中で生活することに違和感を覚える子や、居心地の悪さを感じる子もいるでしょう。

もちろん中には楽しくやっていける子もいるでしょう。

子どもはそれぞれ違ったパーソナリティを持っているのに、どの子どもにとっても現在の学校教育が最善である、とは言えないはずです。

学校に行くことも勉強することも本来は自分の人生の糧にならなければいけません。

生きているその時間によって、年齢によって、状況によって、どの選択が最善なのかは変わると思います。

 

複雑なことをいろいろ書きましたが…

 

「今は学校に行きたくない」と子どもが真剣に言うのならばその子にとって学校に行かない選択がその時点では最善なのかもしれない、ということなのです。

 

大人になると目立ってくる「個性」ですが、実は子どもの頃から個性は色鉛筆みたいにカラフルなものなのです。

無理な方法は継続する意味がない!

とは言え、学校にいかない我が子を毎日見ていると親は心配になります。

学校に行かせたい、と毎日心を悩ませることもあると思います。不安になったりイライラしたり。

学校に行くことはうちの子にとって当たり前のことではなくなったんだ、と頭ではわかっていてもその気持ちがストンと落ち着くまでには時間がかかります。

私は1年以上かかりました。

頭ではもう納得してる!と思っています。

ふとしたときに「これで本当にいいのかな…」の繰り返しです。

 

でも、大丈夫なのです。その子はその子のままで良いんです。

 

でも、間違えてはいけないのが「一生このままの状態が続くことが良いのではなく、今はこれでいいということです。

不登校を心配しているお母さんは初めはきっと、学校に行かせようと努力したはずです。

でもその方法で無理だったのならば、無理な方法を続けていくことに意味はありません。

だからその方法をまずやめて、学校に行かせようという考えを手放して、違う方法でアプローチするしかありません。

 

私は初めからその考えに到達できず試行錯誤しながらだったので時間がかかりました。

でも何かの課題に取り組むときに、だめなら違う方法をとるしかない、なんて不登校以外の問題でも実はそうですよね。

 

他に方法や道があるんじゃないか?と視野を広げることは、どのような課題に対してもそうですよね。

自分の人生を自分で切り拓くための没頭力

学校に行くことは最終的な目的ではありません。

自分の人生をいつかは自分で切り拓いてどう生きるのか、自分が主体になって考えなければいけません。

その手伝いをするために親がいて家庭があって学校があります。

小学校でこんな経験をしたからこんな人生になった、なんて小学校が大きな影響を与えることはそうないと思うのです。あくまで幼い時代の基本的なことだけを身につけるための通過点。

 

それなのに「学校に行くのが当たり前、勉強するのが当たり前」と子どもについ押し付けてしまう裏には「周りと同じにしていると自分も安心する」なんていう私たち親の気持ちが隠れていませんか

 

これからの時代は周りと同じことが出来る子よりも、より「個」が活きる時代になると言われています。

ある一つの好きなことに特化した子どものほうが将来確実に輝ける時代が来ると言われています。

 

子どもに何かひとつ好きなことはありますか?夢中になれることが一つでもあればそれを徹底的にやらせることから、人生で勉強が必要なときが来るのだという理解につなげることが出来ます。

好きなことに集中する力、夢中になる力は「没頭力」と近頃は呼ばれているんです。

何かに没頭している人が誰よりも強いのです。

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好きなことをとっかかりにして学習の必要性に繋げる、というのは例えば「ゲーム」でもなんでも良いんです。

ゲームが大好きな子どもが居たとして(我が家の子どもも大好き)そのゲーム一つにしても、攻略法というのがあります。

昔は本で読んでいた攻略法も現在はネットで検索したりYouTubeで動画を見たり…という方法に進化していますね。

 

検索するにはキーボードの配列を理解しなければならない、ローマ字入力を覚えなければならない、何より文字・漢字も読めなければ好きなゲームの理解も進みません

色々検索しているうちに、ゲームは人が作っているんだという事実に出会い、多くの人がかかわっていることをゲームのエンドロールで知り、いろいろな役割があることを知ります。

現在はパソコンが各家庭にあることも一般的になりました。

子どもが自由にパソコンを使える環境であるかどうかにも左右されますが、私はこれからの時代を生きるために子どもには自由にパソコンを使わせることに大いに賛成派です。

私は安めのノートパソコンを子ども用に買って、自由に使えるようにしてあります。昔と違って3万円代で子どもの利用には十分のパソコンを購入することが出来る時代になりました…

危険なサイトにアクセスできないように子どもの年齢に合わせて各家庭で設定する必要がありますからそこはしっかり。

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参考記事↓

好きなことのためならそれに必要な学習は苦にならないのは大人も子どもも同じです。

まずは「没頭できる何か」を自由にやらせてみることで子どもが自主的に「本当の勉強」の意味に気が付けたら、私は何も心配することはないと思います。

 

好きなことを達成するための道筋を自分でたてられるようになること、それは人生そのものです。

 

子どものゲーム攻略などはその初期段階ではありますが、言われたことを言われた通りにやるのではなく自主的にものを考えられるようになることは、人生を主体的に生きるために必要なことです。

そしてやりたいことのために勉強が必要なんだ、と理解したときに自然と学校や勉強に負のイメージはなくなっていきます。

 

我が家では、そうして徐々に学校にも気持ちが向くようになっていきました。

初めは全く行く気がなかった学校に、放課後だけなら行きたいな、となりました。

 

好きなことを自由にやってもいいんだ、という環境に置かれると子どもも大人も安心感が生まれます。

今はやりたいことをやりたいだけやっても良いよ

これだけで子どもは安心します。

塞ぎこんだ不登校生活は人生においてマイナス

ここまで読んでみて、人生にマイナスにならない不登校生活がどんなものか少し参考になりましたでしょうか?

逆にこれから上げるケースは少し危険です。

いつまでも学校に行かせることに執着するのはダメ

学校に行かなくても今は大丈夫なんだよ、という声かけや姿勢が子どもを安心させます

何故行かなければいけないのか、子どもを納得させることが出来ないのに「学校に行きなさい!みんな行っているんだから」というやり方は子どもが心を閉ざしてしまいます。

 

不登校の子どもは、なんで学校に行かなければならないのか、納得できていないことが多いです。

自分自身でストンと理由を納得できたときに気持ちが外へ、学校へと向かいます

それを待つしか方法がないのだ、と親は覚悟を決めて

「学校に無理やり行かせること」をやめるべきです。

大事なので何回も言います。

「今は学校に行かなくても大丈夫だよ」「好きなことをしよう」という声かけが不登校の子どもにとって自分の居場所の確認や、安心感に繋がります。

学校に行かないなら〇〇しないよ、という罰

元気に学校に行けている時にはよく

「宿題しないならおやつ抜き」とか

「勉強しないなら遊びにいったらダメ」とか

 

こんなことは当たり前にしていましたよね?

我が家ももちろんそのタイプでした。今となってはとっても反省しています。

 

学校に行くことが当たり前にできていたときは、もちろん勉強させていたし宿題も毎日見て、私がさせていました。

それだけならいいのですが、褒めることってあまりしていなかったように思います。

そしてそのことを大いに反省したのでした。

宿題をしたら褒めるだけでよかったのです

 

宿題することがそもそも子どもにとって当たり前でしょうか?

きっと全員にとって当たり前ではなくてうんと努力が必要な子どもも沢山います。

やらないからといって遊ばせないとかオヤツ抜きとかゲーム抜きとか罰を与えなくても、できたときに沢山褒めるほうがどんなに効果的だったか、それは不登校を経験してから実感することになりました。

子どもが何かをしないことに、罰は必要ありません。

悪いことをしたときに叱ることは必要です。例えば人のものを盗ったとか、暴力をふるったときなどです。

 

私が子どもの不登校を経験し、恥ずかしながら初めて子どもと真正面から向き合ったという気がしました。

こどもは正直で素直です。褒められることでどんどん伸びます。

見ていて気持ちいいくらいに、褒めるだけでどんどん頑張るのが子どもです。

それはどの子どもも同じではないでしょうか?

 

罰が怖くて頑張る子どもが正しいのか、私は毎日悩み抜きました。

大人になれば罰を受ける機会はいくらでもあります。仕事をしていて失敗したら罰があることもあるでしょう。

犯罪をおかせば罰があるのは当然です。

ですから何か悪いことをすると罰があるのが世の中なんだ、と教えることは必要です

 

しかし不登校の子どもに限らず、子どもを育てることにおいては罰は必要ないと私は考えます。

罰が嫌だからやる、というのは親がそばにいるうちは一見いい子に見えるのかもしれません。

でも大人になって自分で生きていかなければならなくなったときに、自分のためにこれはやったほうが良いことだ、と納得して取り組める人になってほしいと思いませんか?

子どもはもちろん、そんなことを考えて自主的に動くことは出来ません。

でも親は根気よく言って聞かせるだけです。

褒めて可能性を伸ばす、喜ばせる、褒められて嬉しい気持ちにさせる、褒められることで自信になりその結果もっと凄いことに挑戦する原動力になる。

逆に罰を与えるとどうなるのかというと、

  • 罰がいやで頑張る
  • 消極的な理由で頑張るから達成感が得られない
  • 罰を受けるのはいやだなあというマイナスな気持ち
  • 頑張る理由があいまいになってくる
  • 頑張っているのになんとなく違和感がある
  • 怒られるのが嫌だから失敗するかもしれないことに挑戦できなくなる
  • 挑戦そのものが面倒になる。

子どもにとってマイナス面しかないように文字だけでも感じませんか?

 

だから、学校に行かないんだから〇〇は無しだよ、とか

学校に行かなきゃ、と本当は思っている子どもを余計追い詰めることにしかなりません。プラスに働くことは一つもないと思って間違いありません。

本当に一番悩んで困っているのは、子ども自身だということをいつでも忘れてはいけません。

親自身が消極的になることはマイナス

子どもの不登校を負い目に感じる必要はありません。

かといって堂々と自信満々でいましょう、というわけではなく、ありのまま普通に普段通りにいればよいのです。

親が学校に消極的になったり塞ぎこんだりすると子どもに対しても「良くないことをしているんだ」という印象を与えてしまいます

具体的に私が気を付けてきたことは

  • 不登校でも学校の係仕事のときは積極的に出向く
  • 保護者会は都合が合えば行く
  • 先生とのコミュニケーションは積極的にとる
  • 放課後学校に子どもを連れていく
  • 学校の話を無理に避けない

我が家は朝から学校に行くことは抵抗があったが放課後遊びにいくなら大丈夫、という時期があったのでその時期はなるべく都合が合えば放課後学校に子どもを連れていきました。

先生も温かく迎えてくれて、子どもも同級生の目を気にしないで教室に入ったり、遅れた分の勉強を少しずつ見てもらったりしました。

 

親が学校を必要以上に避けるのはよくありません。

そして仲の良い「ママ友」がいるなら事情を話しておくのも良いでしょう。

その際も、学校に行けてないけど元気で過ごしていることを伝えたり、そのうち行けるようになったらそのときはまたよろしくね、と話をしておけば大丈夫です。

深刻にしないことが大事で、周りの子もママも深刻にされなければ意外と普通に受け入れてくれる場合がほとんどでした。

まとめ:今は不登校でよい!

結論から言いますと、やっぱり私は「今は不登校で良い」と思います。

良い悪いというよりも子どもの状態からそうするしかないのだと思いますし、それを親は許容してあげるという意味で「今は良いよ」と言ってあげてほしいです。

子どもが「学校いこうかな」と漏らしたときに、戻りやすい環境にしておいてあげるのは親の役目です。

そのために親が出来ることを今はして、子どもを見守る、子どもの力を信じるのみです。

子どもが笑っていることのほうが大事です。

子どもの人生は子ども自身で切り拓くものなのだ、ということを親である私たちは意外と気づいていないのかもしれません。

だからどうにかしないと、と必死になるし周りと同じに進まないとなんとなく不安に感じてしまうのかもしれません。

 

親はあくまでサポートするだけ

 

子ども自身の元気になる力を応援することが親の役目だと意識するようになってから、私たち親子も変わりました。これを読んでいる不登校に悩むお母さんが少しでも気持ちが楽に前向きになることを本当に願っています♪

 

 

 

  • この記事を書いた人

shiromi

2人の男の子を育てるシングル。 お金に余裕のある暮らしをするために空き時間は全て副業に集中。そのすべてを伝えます。 離婚、シングルマザーの育児の悩み解決や、お金に困らない自分の人生を手に入れる方法を伝えていきたい!!私もまだまだ勉強中です。悩めるシングルマザーの方たちと並走していきたい。お金のゆとり=精神的なゆとり。お金を稼ぐ方法をメインに伝えます。

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